北駅での事件
2000年 冬
ユーロではなく、まだフランだった頃の話
ド・ゴール空港からRERでパリに向かうと、誰もがまずたどり着くのは「北駅」である。この北駅をはじめ、パリの北部はかなり治安が悪いので、初めての人はオペラ・ガルニエや凱旋門あたりに到着する、高速バスでのパリ入りをお勧めしたい。私はその北駅でパリに着いた途端とんでもない目に遭った。
日本を発つ前に、パリの東北に位置するビュット・ショーモンという所にホテルを予約してあったので、北駅からタクシーかメトロ(地下鉄)に乗り換える予定だった。スーツケースや手荷物のせいで改札でまごついていると、40代位の男が扉を支え、出るのに手を貸してくれた。「フランス人は外国人に対し冷たい印象があったが、親切な人もいるものだ」と感心していると、「どこまで行くんだ?」と聞いてくる。ちょうど地下鉄路線図の掲示板があったので「ここへ。」と答えると、男は掲示板の上で指先をぐるぐる回しながら「タクシーだと、遠回りして高額をとられるぜ」と言う。いかにも「そんなのバカバカしいと思わないか」的な表情で、口を「への字」にしながら目を見開いている。さらに「お前はいったいどれくらいパリにいるんだ?」と聞いてくる。この辺からちょっと怪しいと感じ始めていた私は「まあ、一ヶ月くらいかな(本当は一年だったが)」と適当に答えると、男は「だったらカルト・オランジュ(現在は「ナビゴ」)という定期券がある。それを使った方が安上がりだ」とおもむろに券売機で切符を一枚買って渡された。


カルト・オランジュのことは事前に調べて知っていた。一週間、一ヶ月、三ヶ月などがあって、その期間、地下鉄、バスなどが乗り放題になる定期券だ。いちいち切符を買うよりも断然安上がりになる。だが、男が渡してきたのは一枚8フラン、一回きりのただの乗車切符だったのだ。一応いくらか聞いてみると、「800フランだ」と言う。なんと800倍の値段をふっかけてきた。切符には8.ooと書いてあり、1フラン以下の単位をサンチームと言って、この切符の場合8フラン00サンチームなのだが、男は得意気に「な、800フランだろ」と見せる。「そんなにお金持ってないから」と切符を返そうとすると、「あそこにキャッシュディスペンサーがあるから」と10メートル先の機械を指さす。ここまでしつこいと「面倒くさい奴だな」から、さすがに危険信号に変わってきた。「走って逃げるには荷物多いしなぁ」と考えながら、とりあえずATMの方へ歩いていく。危険を冒すよりお金を払ったほうがいいと思ったからではない。その方向から別の男性二人が歩いて来たからだ。ちょうどその二人が目の前に来たとき、「すみません、この切符いくらですか?」と男に渡された切符を見せた。当然返ってくる答えは「8フランだけど・・」。「800フランじゃないですよね?」と繰り返すと、さすがに相手も変な顔をしている。だがそれが私を安心させた。そして「だって、そこにいる男が・・」と振り返ると、男はすでに消えていた。「まったく、パリに着いたとたんにこれかよ・・」と思いつつ、結局タダで受け取ったその切符を使う気にもなれなかったので、タクシーで直接ホテルに向かうことにした。
文章:SHIGE
写真:TAMAE











